権威主義的な性格に関連する分類

 

 

権威主義とは、辞書によると【権威を絶対的なものとして重視する考え方。権威をたてにとって思考・行動したり、権威に対して盲目的に服従したりする態度。】とあります。

ここでは、権威主義的な観点で分類した性格の説明をしています。分類の中には、権威主義的な性質とは正反対の性格も含まれています。権威にこだわる性格でも、権威主義的性格とは違う性質がある性格については、分かりやすく説明するために、別に分類してあります。


権威主義的性格

権威主義的性格とは、権威に執着する性格です。権威に服従する傾向があり、権威が感じられる人物に命令されれば、素直に従います。中には、命令に従うことに喜びを感じる人もいます。

立場や年齢が上の人の言うことに従うべきであるという観念は、一般的な社会倫理です。しかし、権威主義的な傾向が強い性格の場合は、モラルとして上の立場の人に従うべきと思っているのではなく、自分より力のある者に服従しているのです。

立場が上の人でも従うのは、本人にとって強さが感じられる人物であるのが前提になっています。立場や年齢が上の人でも、気の弱い人や自分よりも権力や実力が劣っていると感じている相手に対しては、従うのに抵抗を感じたり、場合によっては侮って従いません。

自分よりも弱いと感じている相手に対しては、見下したり威張って自分の強さや優位を誇示しようとする場合があります。中には、弱い者は強い者に実力行使されても仕方がない、という弱肉強食のような考えを持っている人もいます。


こういった権威主義的性格に見られる力にこだわる人間関係の捉え方は、人によって程度の差はありますが、世間ではありがちなことです。


階級主義的性格

階級主義的性格とは、権威の階級にこだわる性格です。権威や人の立場を認識する場合、一流、二流、三流など、格付けを気にする考え方をします。

階級主義的性格も権威に執着しますが、権威主義的性格のように力のある者に服従するような権威主義ではありません。権威をブランドのように捉えていて、学歴や職種や受賞歴など、社会的に認知されている権威を重視します。知名度のある経歴や肩書きを持っている人は偉いと思うような、名誉を尊ぶ権威主義です。

階級主義的性格は、社会的な立場や知名度や生活水準、知性や品性などが上質であることを望み、人間としてのレベルを気にする価値観があります。
中には自惚れが強く、自己顕示性や一流意識が強い性格の人もいます。こういうタイプは貴族的で、階級主義の傾向が強く現れます。

貴族的なタイプは、優雅で上品な雰囲気が漂っています。言葉遣いが丁寧ですが、気取っている印象を受ける場合もあります。高級な服装を好み、ハイソサエティーな生活を望みます。実際にエリートや資産家に多いようです。ウィットに富んだジョークを言ったり、学識や芸術やビジネスなどの知的な会話を好む傾向があります。中には、お金と名誉の為なら、社会のモラルに反したことをする人もいます。


反権威主義的性格

反権威主義的性格とは、権威に反発する性格です。反権威主義的性格の人には反骨精神があり、自分が組織に支配されるのを好みません。権威のある人物や組織に対しては、批判したり時には攻撃的な態度にでる場合もあります。そして、自分が権威を得ることは特に望みません。

権威に反発する性格の人が、必ずしも反権威主義的性格とは限りません。権威に反発する性格でも、権力や名誉などの権威を得ることを強く欲している人の場合は、反権威主義的性格ではなく、権威主義的性格です。権威に執着している人でも、自己顕示性が強い人の場合は、権威に反発することもあります。

社会主義的な価値観を持っている人は、権威に反発することがあります。他にも、政治的な思惑により、故意に政府や特定の政治家や自治体などの権威のある対象に反発して、攻撃的な発言や行動をとる人もいます。これらのタイプは、政治的な考えによって権威に反発しているのであって、性格が反権威主義的とは言えません。

権威のある人物や組織に反発して、悪口を言ったり攻撃的な態度にでる人は、不平不満のはけ口の対象が権威に向けられていることがあります。
社会の仕組みに問題があって権威に反発しているのであれば、不満を言うのは当然です。しかし、責任転嫁をして反発している場合もあります。

現在の自分自身や仕事や生活に満足できていない人が、それを漠然と社会のせいにして、社会に認められている権威のある人物や、社会を牛耳っているように見える組織に対して、攻撃的になる場合もあります。
このような人達は、現在の自分の状況に満足していれば、権威に反発しないかもしれません。これらのケースは、一時的に権威に反発しているのであり、反権威主義的性格とは言えません。


非権威主義的性格

非権威主義的性格とは、権威も意に介さない性格です。自分自身や周りの人に、権威があっても無くても、特に気にならないタイプです。こういう人は、自分や相手の立場にこだわらずに、話をしたり行動します。

組織に支配されるような環境であっても、権威に反発する訳ではなく、組織に対して反抗的な態度をとろうとはしません。しかし、立場が上の人や権威のある相手に対しても、遠慮なく意見を言います。頭にきた時は、自分や相手の立場に関わらず怒りをぶつけます。

自分から積極的に権威を得ようとしているのではありませんが、もし権威を得る立場になったら、それはそれで嬉しいと思うかもしれません。だからと言って、権威に執着しているのではありません。

たとえば、非権威主義的性格の人が、何かの分野で一番になりたいと思って努力している人がいるとします。この場合は、名誉や権力を得たいからではなく、負けず嫌いであったり、高い目標に挑戦したい人物である可能性があります。

権威の力が及びにくい環境で育った場合は、非権威主義的性格になる可能性も考えられます。たとえば、権威が感じられる社会から隔絶されたような環境で生活していた場合、または、権威の力に脅かされないような擁護された生活を送っていた場合、または、権威のある立場に属していて、他の権威の影響を受けにくい環境などです。


博愛主義的性格

博愛は、全ての人を平等に愛することを意味しています。博愛主義的性格とは、博愛精神のある性格で、多くの人の為になることや、人を助けることを何かしたいと思っています。深い愛情を持っていて、立場の弱い人をかばったり、困っている人を放っておけずに助けようとする優しさがあります。

博愛主義的性格には、平等の精神があります。平等の精神は、根本的に人間は皆、平等な立場だと思っている感覚です。

上下の関係にこだわる権威主義が縦の構造の社会観であるとするなら、平等の精神がある博愛主義は、横の構造の社会観であると言えます。平等の精神がある人は、権威に対してあまり執着しない傾向があります。

博愛主義的性格となる原因は、博愛主義的な人物に育てられたり教育を受けた環境の影響や、博愛主義的な人物に感銘を受けた経験による場合も考えられます。
他には、宗教の影響も考えられます。特にキリスト教では、神のもとでは皆、等しい立場であるという平等の精神があり、隣人を愛せよという愛の実践を尊ぶを思想があります。


全体主義的性格

全体主義とは、本来は国家主義的な政治体制の一つとして知られていますが、この場合は、個人よりも全体を優先する広義的な意味として、全体主義という言葉を用いています。

全体主義的性格とは、自分のことよりも、全体の利益や安全を優先する性格で、自己中心的な性格とは対極にあるような性格です。
全体を優先に考えるため、自分のことは後回しになってしまいます。そして、自分のことで周りに迷惑をかけたくないと思います。

権威に服従する傾向が強い者が、必ずしも権威に執着する権威主義的な性格とは限りません。社会や組織などの全体のルールや体制に従っているので権威に服従する、という良識のある真面目な性格の人もいます。

全体主義的性格の人は帰属意識が強く、権威に従属することが社会や組織の一員として当然であると捉えています。責任感が強く、全体の為に貢献することを喜びとし、全体に奉仕して責任を果たすことで自分の価値を見出そうとします。

全体主義的性格の人は、たとえ権威が感じられないような人物や組織であっても、自分のことよりも、属している組織を優先に考えて行動します。身近な例で言えば、家庭や会社など、自分が属している集団を優先している個人も全体主義的であると言えます。

これらの全体主義的性格の性質は、団体行動を重んじる日本人の民族性にも当てはまっています。


世間主義的性格

世間とは辞書によると【人が集まり、生活している場。自分がそこで日常生活を送っている社会。世の中。また、そこにいる人々。】とあります。

日本語の中には、世間様や人様など、世間を権威としていると思わせる言葉があります。こういった言葉が使われるのは、世間を尊重する意識が、日本の社会の中に根付いていることが分かります。

世間主義的性格とは、世間を尊重し権威としている性格です。自分の考えを押し通すタイプではなく、周りの意見に合わせます。それは、社会の中の自分の周りにいる人が、世間であり権威だからです。

世間主義的性格にとっての善悪の基準は、周りの人が駄目と言う事がいけないことです。常識的に考えて悪いことでも、周りの人がやっていれば、つられてやる場合があります。

世間主義的性格の人は、世間という権威に逆らって痛い目にあいたくないから組織に従います。社会での人間関係を重んじていて、波風を立てたくなくて人と話を合わせ、上の立場の人には特に気を使います。自分の評判が悪くなるのを気にするため、与えられた責任は果たし、迷惑をかける行動は避けます。

その結果、世間主義的性格の人は、一見大きな問題がない人に見えます。しかし、世間主義的性格の権威の基準である世間の目に触れなければ、自分勝手なことや多少悪いことをしてもよいと考えているようです。大きな問題を起こした場合、世間の目を恐れて、正直に報告するよりも隠蔽する傾向があります。